チキンのカルペディエム

統合失調症です。今は家で暮らしていて、好きな絵などを描いたりしてゆっくり暮らしています。

絵のことでいろいろ。がままの友達の話。

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絵が載せ終わったら、とうもろこし病院のポンコちゃんというマンガを載せることに目処はついた。なかなか覚悟がいります。

このマンガはがまま的にも、載せない方向で考えていました。でもポンコちゃんくらいならいいじゃん、って。いろいろ話しましたが、Kindleやアプリと何回も言っていたがままなので、じゃ、ブログだったらまぁいいだろうね。ということに。それもギリギリだったんですけどね。
  
多分10月辺りから始まると思う。
それでそのマンガも載せ終わったら、タブレットなどで描いた絵を載せていこうと。これはブログを書いているときにそのときに描こうと思って。まあ、底をついたというわけですね。

絵には載せなかった絵がたくさんあるけど。がままはそれでいい。全部載せたらがままが中身が無くなっちゃう。そんな感じで…。

昼はお素麺食べました。賞味期限来ないうちに食べちゃお、ってね。そんで菓子パンがままは食べて。

がままは無力だと思うときがある。見るだけだと。確かにこの体を動かしているのはがままだけど、がままが動かそうとしたのは、むしろ勝手に手が伸びたとかで、それをがままは見ていることしかできない。脚を運んだら見えるもの、食べたら感じるもの、トイレに行くとトイレが見えて、横になると天井が見える。何が見えるか。

見ることしかできない。それも光が眩しかったら、目を閉じなければいけない。暗いものを見ることになる。

昔、「ほのぼの」という映画を観たことがある。その最後には「見るために生まれてきたんだよ」と言っていた。確かに見るためなのだ。見ることしかできないんだよ。

幽体離脱、と言っては不思議なことを誤魔化す。がままの体は何かを見るための道具でしかないのだ。がままがこんなことを言い出すと大抵は頓服薬を飲まされるけど、今は飲まされていない。後で飲まされるんだろうか?

がままの友人でパーキンソンの人がいるのだが(今は疎遠になってしまったけど)、彼女はいろんな人と恋をした。好きな人が死んでもなお、恋をした。彼女の順風満帆とした人生にはビックリする。ある意味がままにも似たところがある気もするけど、だからこそ友達をやっていたんだろうなと思う。

一回行った遊園地。彼女はがままをかばってくれた。その上で礼儀などはしっかりしていたし、上から目線にものを言う人でもなかった。がままは彼女が大好きだったな。

写真をあるがと見ることがある。あるがはとても見た目にビックリしているようだった。話をがままから聞くと、楽しそうにする。内容は書かないけれど。

そんな彼女も子どもがもう、20才くらいかな?パーキンソンで子どもがいて、今ごろどうしてるだろうに。思うことはあるけど何もしてあげれない。

ため息。
あと数枚で、絵も載せ終わる。あっという間だったな。また、新しいスタートに立てるまでがままらしくいないとだ。

パンは美味しかったですよ。豆が甘くて美味しい。毎日違ったごはんが食べれるのは、あるががそういう親に育てられて、見てきたから。どう育てられるかって大事だね。がままなんかは、親に買ったものばかり食べさせられたり、残り物とか食べたりばかりだったので、今の暮らしが裕福に思える。

がままの昔の友人も親とか、いろいろあったらしいけど、彼女はむしろ、親とは真逆な人生を送っている。がままたちも、本当は毒親育ちで、子どもに虐待を与える形になりそうだったけど、それはダメだって。連鎖を止めないとと。

生まれてくる子どもがかわいそうだ。こんな辛い世の中。がままたちも余裕もない。そんなかんだで過ごしているけど。

それとは逆に、楽しいことを見て生きている。常に。今もブログを書いて、絵を載せてって。承認欲求を満たすことをしているのであるよ。マンガ載せるのも決まって嬉しいです。(?) いろいろなことを試したり、考えたりして少しずつ歩いていきたいです。

また絵を張り付けておきますね。因みにこの絵は、がままの親が、スポーツにせいを出している?ところです。センスが日本の模様になっているのだ。